【Ⅵ】
「帰れない……」
長い沈黙の後、言葉が虚ろに口からこぼれた。
『そうだよ』
「ココから出られない……?」
『そう』
「……帰れない」
「出られない……」
「なぜ……」
「どうして……」
2人の大統領は、無表情で何度も問いかける。何かが理性に蓋をし、答えが出るのを妨げている。
「私はココで死ぬのか……?」
『そういう考え方は感心できないなぁ。あんたたちの世界には、あんたたちは初めっから存在しなかったことになってるわけだから。それにココにいるあんたたちは、もうすく“消える”んだから』
「オレはココにいるッ!」
『あー』“それ”は苦笑した。『それはまぁ、そういう理屈もあるよね』
「理屈とは何だッ!理屈とはッ!」
とうとう我慢できずに、罵倒がほとばしり出た。それは止まらなかった。
焦燥が身体の内側を焦がし、彼らは必死に叫ぶ。叫びつづけるうちに、互いの言葉は共鳴するように高まっていき、理性のタガが徐々に外れていく。
「ふざけるなッ!正しくても帰さない、後は死ぬ……消えるだけだと!?そんなバカバカしいこと、わかっててやるもんか!私をとっとと元の世界へ帰せ!帰せ!」
「そうだ、貴様が何なのか知らんが、いいかげんにしろ!そんなご立派なら、こいつだけ殺せ!神罰をあたえろ!」
『そんなにいきり立たないで。どんなことをしたって、あんたたちは元の世界にもどることはできないんだから』一息に吹き出た2人の怒声も“それ”の眉一筋さえ、そよがすこともできない。『ここは潔くあきらめて、せめてたったひとつだけ残された正当な権利を行使したらどうだい?』
「権利……?」
『自分の正義を証明することができる権利だよ。幸運だよ、あんたたち。絶対の正義が証明されるなんて、世界中の誰もがのぞんで、誰も手に入れることができなんだから』
眼がくらんだ。そんなもののために、自分はこんな場所に連れてこられたのか?
「ふざけるなッ!私が正しくても、死ぬんだろう!」「そんなことして、私に何の得があるというんだ!」
それは抵抗ではなく、ただ自分の言葉にすがりついているだけということは、わかりすぎるほどわかっていたが、叫ばずにはいられなかった。
『あんたたち、どちらかの正義が証明される』
「そんなものは、いらない!」「私はせんぞ、そんなこと。あぁ、やってられるか!」
何だ、これは。何かが間違っている。罠だ!彼らは懸命に考える。
自分の人生に、こんな莫迦なことがおきるはずがない。
いや、あっていいはずはないのだ。
誰にも取って代わることのできない高みに、彼らは座していたのだ。
誰よりも強大で、誰よりも偉大で、何もかも、自分の思いどおりにならないことはなかった。
それがなぜ、身にまとうものひとつなく、元の世界にもどる術もなく、この男とともに、こんな場所で激しく不安に震えなければならないのだ?
こんなことは、ありえない……
ありえない。
ありえない。
ありえない。
ありえない。
ありえない……
「悪い冗談はよせ。ホントはココから出られるんだろ?」大統領は取り入るように卑屈な笑みをうかべつつ、大仰に両腕を広げてみせた。「忘れる。ココで何があったかなんて、絶対に口外しない。だから私を元のトコロにもどしてくれ」
『だから無理だってばさ』
「そんなバカなコトがあるものか。もし出られないのなら、お、お前だって……」
『ご心配なく。僕はちゃんと出るコトができるよ』
「つッ連れてってくれッ!」もう1人の大統領が叫ぶ。「金ならいくらでも出す!私をココから出してくれッ!」
『まだそんな寝ぼけたコト云ってるの?』
“それ”の表情は何も変わっていない。やわらかな笑みも消えていない。
だが2人はそんな“それ”の言葉に、とてつもない言葉にならないおぞましさを感じた。死人さえもおぞけをふるうような、そんなおぞましさだった。
(続く)
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