「summertime blues」(前編)
ラジオのパーソナリティが、今夏もっとも暑い日だと興奮ぎみだった。なぜ彼がそれほどに得意げなのかはわからないが、なるほど、その云い分ももっともだ。まるで圧力をもって秀虎たちにのしかかってくるような太陽の熱は、他の追随をゆるさない絶対王者の貫録すらただよう。
秀虎たち囲碁同好会の6人は、陽炎がたちのぼるその熱気の中にいた。前会長の織田の前にほかの5人が横一列にならぶ形だ。彼ら自身の、影が真下に濃い。
「さて諸君――」織田がおごそかに口を開く。「本日より夏合宿を開始する」
「オッス!」「おおッ!」「はい」「は~い」「……」
ひとりだけ無言だ。
「なんだ北森、テンション低いな」
織田はめざとい。
「織田さん、アタシ意味わかんないんすけど……」
「うむ、絶好の合宿日和だ。諸君、研鑽にはげむように」
「だから、海で何をどうはげめって云うんですか」
「夏は海だろうがッ!」「ココまで来て、いまさら何云ってんだ」「これだからオナゴは……」「明日夢先輩、今夜バーベキューです」
明日夢に次々と反論の声があがる。
「やかましいッー!」明日夢がキレた。「一週間前にいきなり合宿するって云うから、ムリヤリやりくりして来てみれば、囲碁同好会が、なんで海で合宿すんだぁッ!」
明日夢の言葉に波の音がかぶる。ぷるぷると怒りにふるえる指が差した先で、眼につきささらんばかりのまばゆい白砂が堂々と広がり、すでに多くの鮮やかな水着が彩っている。
「何の意味があんのか、答えてみろ!あんたら間違ってる、ぜんッぶ間違ってる!」
「いや……そんなコト云われたってなぁ……」現会長の貞清と副会長の石黒が、困ったように顔を見合わせる。「ウチの合宿は毎年海って決まっているし……」
「じゃ、何で碁石も碁盤も持ってきてないんですか?」
「夏合宿はイメトレ中心だから」
「何を寝ぼけたことを……」歯ぎしりをする明日夢。「そんな不真面目なコト、アタシは許しません!」
「……とか云いながら明日夢先輩、ちゃんと水着着てるじゃないですか?」
ただひとりの1回生藤江が冷静につっこむ。中学生じみた容貌とはそぐわない、オレンジのドット花柄のビキニにキャロットで完全武装で、なかなかのオンナっぷりである。
「だって持参って云ってたから……」
口ごもる明日夢。持ってこいって云われたら、着るのかよ……小さくつっこんだ秀虎に、凶悪な視線を向ける。
そういう彼女は、でっかいペリカンがプリントされた赤いTシャツ風のタンキニに、ベルトがセットになったハイウエストのショートジーンズをあわせている。言動不一致を追及されても、文句は云えない。
「熊谷、北森の教育係はお前だ」織田が冷たく云う。「ちゃんと合宿の意義を教えておけ」
「ちょ、ちょ、ちょッ……」
「さて、合宿の日程だ」秀虎を無視してつづける織田。「夕方6時からテント前でバーベキューをするので、全員で手伝うように。酒は抜かりなく冷やしておくことを忘れるな。ここ重要な、試験に出ます。そんでもって明日は午前7時起床。朝食後、各自で練習。午后に撤収の予定だ」
「……織田さん、今日の予定がぬけてますけど?」
秀虎が手をあげる、織田はもったいぶってうなずく。
「例年だと、各自で自由に練習の予定だが……」
「何の練習だよ……」
「黙れ北森。今年は少々趣向を変えている。10時からビーチバレー大会が始まるので、我が同好会はこれに参加する」
ペットボトルのお茶に口をつけていた秀虎が、盛大に吹きだした。
「ちょっと待った!ビーチバレー大会って、何ですかそれ!」
「地元の商店街が、地域振興のために今年から始めたらしい」
「いや貞清さん、そういうことじゃなくって……訊いてないですって、そんなハナシ!」
「心配するな、エントリはしている。ぬかりはない」
大きくうなずく現部長の貞清。
「いや、オレら合宿に……」
「いいじゃん別に、遊びにきてんだから」
「あっさり遊びってみとめやがった……」
「別にお前には期待していない、今回わが同好会には切り札がある」
「はい……?」
一同の視線が、織田から明日夢にぐるりと移った。明日夢は自分を指さした。
「……はい?」
織田がうなずく。
「……アタシ、出ませんよぉ」明日夢はそっぽを向いて、べぇっと舌を出す。「のんびり泳いで、ビール呑んで、さざえの壺焼きと焼きそばと海鮮丼とかき氷食べて、夜はバーベキューするんです」
「……だから合宿……」
「アタシ、遊ぶんです」小さくつっこんだ秀虎に胸をはって堂々と宣言した。「遊びの中で自分をみがきます。具体的にはオンナをみがきます」
「優勝しなければバーベキューもできない」
織田がぽつりと云った。
「……はい?」
「優勝は3万円分の商品券だそうだ。バーベキューの食材は、その中から出る予定だった」織田は哀しげに首をふる。「そうか残念だ、せっかくの海なのに夜はわびしくコンビニ弁当か……なんてこった……」
藤江が手を口元にあてて、悲壮な表情をうかべた。貞清と石黒は天を仰ぐ。
「……2万:1万で手をうちましょう」
明日夢は無表情で云った。
「バーベキューが2」
「アタシが2です」
「野菜だけになるな。お前、キャベツとピーマンとカボチャだけのバーベキューがいいか?」
「……半々。それでダメなら出場しません。アタシはあてつけで、自腹きってそこの居酒屋で豪遊します」
「……いいだろう」悠々と織田。「あとは熊谷だ」
「あ、やっぱり?流れ的に絶対オレに振られるって思ってました」
「いい読みだ、合宿の成果がさっそくでたようだな」石黒がうんうんとうなずく。「優勝できなかったらお前たちだけ酒ヌキな」
「それひどいんじゃないですか?」
「あ、云っとくけど」織田が軽く云う。「4人制だからな、この大会。貞清、石黒、お前たちも出るんだぞ」
「……はい?」
何も視線をさえぎるものがなく、水平線のはるか先まで見通せるこの場所では、はじめて空と海のとてつもない大きさが実感できる。見事である。
弧状にのびる砂浜の一角を区切って、試合がすすんでいる。
脚もとの砂はやけどするほどに熱せられているので、大会実行委員会が準備したタープの下で、秀虎たちは観戦していた。なんだかんだ云って、明日夢は試合を真剣に凝視している。
インナーとはルールも微妙に異なる(らしい)し、何より脚下がやわらかい砂だ。確かにゲームの様子を見ていると、床のしっかりした屋内とは違って、誰もがどたどたと無様にボールを打ちあっている。
あれだったら、自分の方がうまいなどと秀虎は能天気に考える。
「よっしゃ、大体わかった」
かなりおおざっぱな第1試合が終わったのをきっかけに、う~んと背伸びをしつつ、明日夢は云った。日陰だが、肩から首筋に玉のような汗をかいている。
「室内みたいに跳べるようなコンディションじゃないし、ボールも多分やわらかいから、スピードは出ないと思う。タッチがむずかしいかなぁ……」
ぶつぶつとつぶやく。
「やれるか北森?」
「織田先輩、この大会、今年が初めてって云ってましたよね?」
「ああ」
「なら参加チームも少ないし、多分あんまり強いトコも出てないと思う。ふ~ん、イケますよコレ、つーか今夜の肉のためにがんばってくださいね、先輩がた!」
「……オレら?」
不安そうな表情で貞清。
「もちろんです。先輩たちのミスで敗けたら、おごりですからね!」
「い、いつの間にそんなハナシになってるんだ!」
「がんばれお前ら」
「ハナシのでどころは織田さんだろがッ!」
石黒がほえる。
「お前らのために、必勝の作戦を考えた」
「いや、マジで結構です」
もうどうでもいいから、とっとと時間がすぎてくれと思っている秀虎がそっけなく答えた。
「いいか、お前ら……来た球はとりあえず上に上げろ。そして北森が打つ!お前らはソレ以外するな」
「うわぁ……」
後輩3人は頭をかかえた。
「さぁ、燃えてきましたねぇ!」
腰に手をそえて、念入りに脚の柔軟をしつつ闘志に燃えている。発熱するような強烈な気力が、明日夢の中にじょじょに充満していくのが感じられた。肉への欲望、おそるべしである。このあたり、明日夢と織田はよく似ているのかもしれない。
(つづく)
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