イーステジアを建国したのは、ロマエ半島中部の山岳地帯に根を張っていたイースター人であった。
彼らが勇躍して征服者として歴史の表舞台に颯爽とおどりでた頃、ふたつの大陸は麻のように乱れ、無数の部族や小国が細々と割拠し相争っていた。今の所領割りで云えば、せいぜい一群程度の土地を占有していた一部族にすぎなかった彼らが、なぜ未曾有の大版図をほこるまでの国家を設立しえたかは、華やかな虚飾と英雄譚とにいろどられすぎてしまい、真実はもはや伝説の中に埋没してしまっている。
それ以前には、ふたつの大陸にまたがって太陽王国や神聖帝国、竜の民が支配していた魔道王国などが存在もしたと伝承されているが、今では詳細は不明である……
かつてイースター人は、魂魄にこそ人の本質が存在するとの死生観を持っていたとされている。
肉体は魂魄の器である。
魂魄は肉体を媒介として“業”を為す。
その“業”こそが人に求められるものであり、そのためにこそ“生”を受けたのである。
しかし無論、器であるからと云え、肉体に価値がないのではない。
魂魄に見合った肉体、魂魄が求める“業”を為すべき肉体なしに、魂魄が人の世に存在することはできない。
肉体は決して空乏なのではない。
肉体と魂は、決して離れがたき、一対の人の根源なのである。
魂魄による“業”は永遠に終わることはない。肉体が死滅しようと、それは終焉ではない。人にとって“死”とは肉体からの離脱であり、次の“生”へのひとつの階梯にすぎない。
主たる魂魄を失い役目を終え肉体は、火神や水神の力で以って浄化され、かくして魂魄はすべての桎梏から解き放たれる。
肉体から離れた魂魄は、清浄なものは天界に招かれ豊かな安逸の中、約束された次のよりよき“生”を待ち、汚濁なものは黄泉へ堕ち、永劫の苦しみの虜囚となる……と。
無限につづく“生”と“死”と“業”の螺旋の中に、人はいるのだ。
これは周辺の部族にはない死生観であり、なぜ彼らのみがこのような概念を持っていたのか、不思議ではある。
しかし現実に帝国の様式や節理となっている事柄の多くは、彼らイースター人から派生したことは間違いないだろう。
その思想は当然葬礼を取りこみ、洗練され様式化していき、そして現在にいたる。
* * *
百曜宮の後背の広大な墓域は誰も入ることが許されない聖域であり、もがり所、斎宮、荼毘所、そして墓所が鎮守の杜に護られて広がる。代々の皇帝の遺骸は、みなここにおさめられている。
逝去した賢帝エリア・アエリウスの遺骸は、数日のうちに荼毘にふされ、その後100日の間、もがり所にとどめられる。骨と化してなお、先帝の魂魄は至近にたゆたっている。これはその地位の神聖さに“生”が“死者”を容易に手放したがらないためである。それゆえ後継たる者が100日をかけてもがりをおこない、肉体と離れがたく混濁した先帝の“生”を解き、その地位を継ぐことにより魂魄はようやくその重責から解放される。
後継たるユスティアヌスは、葬礼の主宰としてもがりの後、斎宮で3昼夜の継承の儀を執りおこなう。これにより皇位は正式に受け継がれたこととなる。これは皇室における秘中の秘の儀式であり、どのように執りおこなわれるのかは、国家の祭礼を司る典儀庁の者以外には決してもらされることはない。
その後遺骨は、永遠に墓所へ安置される。様々な儀はまだおよそ1年かけてつづくが、主体となる葬礼はこの遺骨の安置を以って最期となる。
主宰にとって葬礼の儀は、同時に新帝としておこなう最初の儀でもあるのだ。
主宰は一切の装飾がほどこされていない漆黒の礼衣をまとい、まったく何の表情も持たない純白の面をつける。それは祭祀の主宰として“何者でもない者”が、魂魄が離れた肉体を導くためである。すべては沈黙の中で執りおこなわれ、言葉を発することは許されぬ。
遺骨は頭骨をのこして、すべて専用の聖櫃におさめられている。大きさは両手で捧げるほどのもので、皇帝の数々の功績が一面に彫刻されている。頭骨は銀盆にすえらえる。
荼毘所から頭骨をのせた盆を捧げて主宰が出、遺骸をおさめた聖櫃を輿に安座した典儀官らがこれに従う。彼らもまた無貌の面をつける。
墓所にまでの路は石が敷きつめられてはいるものの、それ以外は何百年経たのかわからないほどの巨木がどこまでもつづく広大な森である。高く伸びた樹々は厚い天蓋となり陽の光を通さぬ。それゆえ昼間でさえ、うっそうと静謐に満ちている。
ましてその日は、その時節にはめずらしい絹のようにたおやかで繊細な雨であった。幽冥にたたずむ鎮守の森は薄暮の中にある。
これも無貌の面をつけた典儀官が威杖を捧げ持ち、その後方ではやはり同様に漆黒の礼衣をまとった皇族、王族、公、貴族、神官たちが頭をたれる中、主宰はしずしずと進んでいく。秋の雨は骨にしみるほどに冷たかったが、賢帝の遺骨を送る人々の群れからは、しわぶきの音ひとつもれない。
その列の中には、漆黒の頭巾の間から輝くような黄金の髪がのぞく美貌の少年の姿もあった。重苦しい葬列の中にあってさえ、そこだけは一条の陽光が降りそそいでいるかのようである。
無貌の主宰はやがて、苔むす高い石壁で厳重に護られた墓所へとたどりついた。小山ひとつが巨大な墳墓であり、代々の皇帝がそこには眠る。皇宮に住まう者たちは、その墓所を“ささやきの宮”と呼んでいる。その理由は誰も知らない。ただ昔からそう云い伝えられているのだ。
黒光りのする壮麗な石門が大きく開かれる。雨にぬれた墳墓への数段の石段、それを登ると、地下の墓所への玄門があった。
典儀官が恭しく玄門を開く。
途端にひやりとしたかび臭い空気が、地下から流れのぼってくる。
数名の典儀官が先に下り、壁にしつらえられた灯明に灯りを点していくと、うすぼんやりとした羨道が果てもしれぬ地下に伸びている。石段は900年の間に角も丸くすりへり、その奥底はどこか現実の硬質を失っている異質の世界であるかのようだった。
静寂と幽冥の中、主宰と従う典儀官たちは手にした遺骸を揺らさぬよう、そろそろと下っていく。
誰も言葉を発さない。沈黙が求められるこの儀において、多くの皇帝たちの遺骸が眠るその墓所は、ことに完全な沈黙しか許されていないのだ。
下りきると、そこは限りなく広大な空間だった。
壁も天井も床も、切りそろえられた花曜石がささやかな灯明に黒光りする。幾本もの巨大な石柱が地下空間の天井を支え、石壁には遺骨を安置するための聖壇がいくつもうがたれていた。
地下墓所の冷え冷えとした空気と、もの云わぬ住人たちの空っぽの視線は、入りこんだ者の心胆を寒からしめるものがある。主宰らが持ちこんだ灯明などでは闇の奥をみすかすことはできないため、そのような莫迦なことなどありえないが、まるでこの聖域には果てがないのではとの疑念がわきおこりかねない迷宮のようであった。
そこは死者の世界である。それも特別な死者のみだ。
聖壇には奥から順に代々の遺骨が、終の棲家で安堵したように眠っている。それぞれ遺骨をおさめた櫃が、そしてその前には頭骨がすえられている。聖壇の下にはその頭骨の主の名と事績が象嵌された金属板が、たがめこまれている。
共通することは、あの至高の座にみな一度は腰を下ろした者であるということである。
あるいは長くあるいは短く、あるいは何の憂慮もなくあるいは怯えながら、その狂気と灼熱の座に在った聖上たちであった。
そしてみな等しく魂魄は天界へと去り、ただ肉体ののこりがここに集った。
生前そのままに矍鑠としたものもあれば、もはや完全に崩れおち原型を保っていないものもある。どのような状況だったのか頭骨が充分に焼けておらず半ば皮膚がこびりついたもの、異様にもろく黒ずむものなどもある。
いずれも900年の長きにわたり、ふたつの大陸を支配してきた者たちのなれのはての姿であった。
今また、もの云わぬその頭骨たちの群れに、ひとつの新参者が加わわる。
遺骨はすえられ、主宰は頭骨を載せた盆ごと、面をこちらに向けて安置する。
焼成を受けもろくなった賢帝の頭骨は、安置されると座りが悪く、やや片方にかしいでどうしようもない。そのため斜視ぎみとなったぽっかりと空いた眼窩は、何やら恨めしげに見えさえした。
主宰は安定の悪い頭骨から、そろそろと手を離した。
それは生者との永遠の訣別を意味し、賢帝の長い長い旅は――そこで終わった。後は永劫のみである。
一瞬、墓所の重さと奥行きとがさらに増したような気分に、主宰はおそわれた。
無言のまま、賢帝の肉体の最期の一片を導いた者たちの退去がはじまる。
ひとつ、またひとつと灯明が消されていく。
ひと時、生者の訪問をうけた地下墓所であるが、主宰と従う典儀官たちの退去により少しずつ明度を減じていく。
生者の次の来訪はいつのことであろうか。
墓所から身を引くその瞬間、主宰は自身がその場に仲間入りをはたす時をはかるかのような、あろうべきはずのない無数の視線を感じたような気がして、礼衣の中でかすかに身を震わせた。どのように自分の心に云いきかせても、何者かが闇の向こうに身をひそめているような感覚は消えることはない。
主宰はその得体の知れない感覚を振りはらう。彼には生者の世界が待っている。
主宰らが羨道を登っていくにつれ、徐々に灯明が消えていき、やがてずっとかなた上方で玄門が閉じられると、完全な真闇となった。
誰もいない、蠢くものとて何もない無明の世界で、もし仮に誰かがそこにいたのであれば、何かが互いにささやきあうような気配を感じたかもしれない。
それこそがこの墓所が“ささやきの宮”と呼ばれるゆえんであろうが、そのことを真に知る生者はいない。
しかしそれもただの幻にすぎず、やがて完全に失せていき、そして本当に永劫につづくかのような完全な沈黙と無明が訪れたことを知るだろう。
(了)
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