「go ahead, make my day!」(前編)
大体において、大事なコトに気がつくのは、いかにも間の悪い時と相場は決まっている。コレはおそらく万国共通の理であって、根拠はないがかなりの確立で法則化されると思う。
明日の朝一番の講義で使う教材を買っとかないといけなかったってぇコトを憶い出したのは、居酒屋の長テェブルに座って、何杯めかの生のジョッキを手にしていた時だった。
思わずヤバいと叫んだボクに、周りに座っていた達川や北森、それに久川、持田、柿本の視線が集中する。何でこのメンツで呑んでんだかって疑問は、この場合割愛。
「どしたの?」
北森が訊ねる。
その講義は教官が自著を使ってするので、購入してないとハナっから単位はもらえない。セコイ教官だよ。それも何冊かある自著のうち――あんなオッサンの本を出版しようって奇特な会社があるのが、そもそも不思議に思う――その年によってどれを使うかわからないって念の入れようだから、先輩から譲ってもらうってワケにはいかないし、仮に持っている先輩がいたって、競争率はべらぼうに高く、要領の悪いボクなんかじゃとてもじゃないが手に入る見こみはない。高校時代みたいに隣のクラスから借りるコトもできない。
つまりは購入せざるをえないってコトだ。ボクのように留年が許されない身分だと、単位はなるべく落としたくない。
「……んじゃ、買えばいいじゃん?」
首をかしげる北森。
「……お金がない」
「お前、いくら持ってんだ?」
と達川。
「ええっと……1200円ぐらいかなぁ?」
「それだけしか持ってないのに、酒呑みに来たのかお前は!」「初めっからたかる気だったんだ!」「ちょっと、アタシの分もはらわせようと思ってたのにぃ」
達川たちが次々に非難の声をあげるが、仕方ない。だってないものはないんだから。大体、誘う方が悪い。
「明日の朝イチ、銀行に行っておろしてくりゃいいだろ」
達川は冷たく簡単に云ってくれるが、それじゃ講義間に合わない。
「知らねえよ、お前が悪いんじゃねぇか。オレは貸さねぇからな」
コイツとは高校からの付き合いだから、他の連中より察するのが早い。達川のガァドはすでに万全だ。仕方ないので矛先を変更。
「北森、愛してる」
「嬉しい、アタシも」
「だからお金貸してくれ」
「やなこった」
明日夢がべぇっと舌を出す。隣で柿本が、きゃっきゃと腹をかかえて笑い出した。ちくしょう……脚をばたばたさせてるから、短いスカートからパンツ見えそうだ。
「柿本、今ボクはホントの自分の気持ちに気がついた。何で気がつかなかったんだろう、こんな美女がボクのすぐそばにいたなんて。コレは運命だ。柿本、愛してらるる……痛い、痛い、痛い」
隣から明日夢が万力のような力で、ボクの頬をつねりあげる。
「そんなコト云うの、この口?」
「どうしよう明日夢君」柿本が両掌を胸の前で組み合わせて「アタシこんな情熱的な告白されたの初めて。よろめいてしまいそうです」
「だから何よ、アタシには関係ない。勝手にすれば」
むくれてそっぽをむく明日夢。
「秀虎君、アタシに期待しないでね」
おごそかに右手を上げつつ持田。
「右に同じ」
と久川。
「はっきり云おう、熊谷君」達川が眼鏡を中指で押し上げ、テェブルに両肘をつき指を組む。「自分で何とかしたまえ。それと、この店の払いは貸しておくから、きっちり利息を上乗せして返すように」
結局、コンビニのATMで下ろすしかないってコトになった。手数料のコトを考えただけでアタマに血がのぼりそうなので、なるべくなら利用したくなかったのだが、仕方ない。明日夢が今さら貸すって云うけれど、コイツに借りを作ったら、どんなメに合うかわからんので却下。
ATMが利用できる時間に間に合うようにお開きにし、店の前で別々となったが、明日夢はのこのことついてくる。
「さっさと帰れ」
「アタシん家コッチ」
「だったら離れて歩け」
「やだ」
くそぉ……オンナのくせに非常識にも182cmもありやがる明日夢は、ボクよりええと……12cmちょい高い。並んで歩かれると屈辱だ、切腹モノだ。
小高い丘の中腹にある大学は、正面の通りが南にむかってゆるやかに傾斜している。このあたり一帯は戦前は財閥の別荘地だったために、いまだにうっそうとした木立を塀内に繁らせている古い屋敷が、あちらこちらにのこっていて、脇道に入ると、学周辺の騒々しさとはちょっと雰囲気が変わる。情報誌の常連の古い洋館を利用したリストランテなんてのもあるらしいが、貧乏学生には無縁のシロモノ。
新学期になったってのに、もうすでに汗ばむぐらいの陽気だけど、さすがに夜は肌寒い。
ボクは近道をして帰り道途中のコンビニに寄ろうと考えていた。人通りの少ない閑散とした通りに、場違いな灯りが遠くからでもはっきりとわかる。
いつも思うのだが、いくら学生街とは云え、こんな人気のないトコロに店出して、ちゃんとやっていけるんだろうか?駐車場は案の定一台の車も止まっていない。スクゥタが1台、エンジンをかけっぱなしのまま、低くアイドリングをつづけているだけだ。
ジィンズの尻ポケットから財布を出して開き、カァドを確認する。
「オマエ、もう帰れよ」
「……あ」
明日夢が何を云おうとしたのかわからない。その表情にボクの方が驚いたが、その視線が肩越しに背後を見ていた理由がわからなかった。ボクが振りかえるのと、ポスタがやたら貼られた入り口のドアが大きな音をたてて、乱暴に開け放たのが同時だった。
中から転がるように飛び出してきた人影が、ものすごい勢いでぶつかってきて、突き飛ばされたボクは、相手もろともに倒れこんでしまい、手にしていた財布やら肩にかけていたバッグやらを、駐車場にブチまけてしまった。
飛び出してきた――男がかぶっていたフルフェイスのメットが、音を立てて駐車場に転がる。ロックをしていなかったんだろうか、本来なら簡単に外れるはずもないのに、モノのはずみだろう。
「痛ってぇ……」突き飛ばされた時に、思い切り肘をすりむいてしまった。「何だってぇんだ……」
相手も顔をしかめながら立ち上がり、「クソがッ!返せよ!」とぶつかったはずみで落としてしまったバッグやメットを大慌てで拾い集めると、ボクを憎々しげににらみつけ、エンジンがかけっぱなしで置かれていたスクゥタに飛び乗り、前輪を浮かせるぐらいの慌てっぷりでたちまち走り去ってしまった。
「ちょっと……何アレ?」
明日夢が憤慨する。ボクは尻もちをついたまま、ちょっと唖然となっていたけど、落としていたバッグを拾いあげようとして、どこにも見あたらないのに気がついた。さっきのヤツが間違って持っていきやがったんだ。おまけに財布までない。血の気が引いた。
店内から店の制服を着た、小太りの店員がよろけるように出てきた。
「――逃げた?ねぇ今のヤツ、逃げたの?」
丸眼鏡の奥の眼が血走っている。
「ちょっと……何で逃がしちゃうの!」
「は……あの?」ボクは店員を見上げつつ「ひょっとして今の……」
「強盗!」短い手脚をばたつかせながら叫ぶ。「コンビニ強盗だってばさ!お金……お金盗られたって、警察、警察呼んで!何してんの、急いでちょっと!」
そのヒトは谷さんって云って、コンビニの店長だった。30代前半ぐらいだろうか、気の弱そうなヒトで、警察が来るまでいてくれって頼まれたから、仕方なく居残る羽目になってしまった。
谷さんは店の前で落ち着かなげにうろうろしながら、その時の状況をボクらに話しかけてくる。
「急にね、メットかぶったヤツが入ってきて、いきなりナイフ突きつけて『金出せ!』だよ。もうね、ビックリ。僕だって普段だったらそんなふざけたコト聞くヒトじゃないけどさ、まぁほら、店もやってるからね、あんまりムチャなコトできないから、とりあえずお金渡してさ、後ろから取り押さえようと思ったワケ。そしたらさ、君たちが店の外にいるのが見えたから、巻きこむワケにはいかないから、しかたなく諦めたんだよね」
「……アタシたちがいたから、捕まえられなかったって云うんですか?」
明日夢がむっとして訊きただす。
「いやまぁ、そんなワケじゃないけどさ、そりゃもう仕方ないよ。ゴメン、ゴメン、誰が悪いってワケじゃないから、気にしないで、いやいやホント」
明るい店の中から外が見えるワケない。このオッサンがナイフ突きつけられて腰抜かしてた方に、一週間分の夕飯を賭けたっていい。ボクらのうんざりも気がつかず、完全な躁状態でつづける。
「あ、『金出せ』しか云わなかったけどさ、どうも日本人じゃないんじゃないかな?イントネィションがおかしかったもん。ほら僕さ、耳はちょっと自慢できるぐらいいいヒトだから、そのあたりすぐわかるんだよね。アレひょっとして最近流行の外国人コンビニ強盗じゃないかな? 君たち知ってる?日本の外国人犯罪、中国人が一番多いんだよ。それでね、日本人の犯罪って云われているうち、実はほとんどが在日なんだって……」
「警察、遅いですねぇ。あたしたち早く帰りたいんですけど」
冷ややかな明日夢。その口調にさすがに気がついたのか、急にトォンダウンする。
「あ、あぁ……ゴメンね、君たちまで巻きこんじゃって。でも犯人の顔見たの君たちだけだから……」
「はぁ……まぁ構いませんけど……一体いくらぐらい盗られたんですか」
ずっと黙っているのも気づまりなので、適当に相槌をうつけど、ボクとしては金は下ろせないは、財布まで持っていかれたはで踏んだりけったりだ。ハナシを合わせたボクに、明日夢がこの八方美人が、とでも云いたげな表情をする。
「20万ぐらいかなぁ……あぁ、何でこんなメにあわなきゃなんないんだよ。大損だ……」
今度は一気に底辺にまで不時着した。
「コンビニって、強盗に入られた時のための保険に加入してるって聞いたコトありますけど?」
ハナシを適当に合わせようと、伝え聞いたウワサ話を口にする。
「お金の問題じゃないんですよねぇ。強盗に入られたってコトは本部の査定にも響くし、夜間の勤務状況とか警備体制とかイロイロ調査されて、痛くもない腹探られるし、第一強盗に入られたような店に来ようって思います?」
ボクと明日夢は顔を見合わせた。
「まぁ確かに、それはちょっと……」
「ウチは三代つづく酒屋だったんですよ。でもね、これからはそれじゃやっていけないから、親父の反対を押し切って僕がコンビニにしたんですよね。君、コンビニなんてどこにでもあるから、誰にでもできるって考えてません?大変なんですよ。出店は激しいから競争は過密だし、フランチャイズだからノルマは厳しいし、24時間営業だから休みなんてまるでないんですよ。啖呵きって店変えちゃったけど、こんなコトなら細々と酒の配達でもしときゃよかった。強盗に入られましたって、どの面下げて親父に云やいいんだよ……あぁ、警察、いつまでかかんだよ……」
谷さんは制服姿のまま、店の前の駐車場の車止めに腰を下ろして、そんなカンジでいつまでも延々と愚痴ってた。
躁でも鬱でも、うっとうしいコトこの上ない。ボクと明日夢は、こっそりため息をついた。
てっきり1人か2人の制服姿の警官が来るのかと思ったら、4、5人の制服と、私服刑事って云うのか、とにかくどこにでもいそうなオッサンが2人、赤色灯を回転させたパトカァ2台から降りてきたのにはビックリした。
たちまちあたりが騒々しくなった。パトカァはサイレンの音こそさせていないが、赤色灯は猛烈な勢いで付近にココで変事があったってコトをさかんに喧伝している。今にどこからともなく野次馬が集まってくるだろう。ボクの肘がわずかににじんだだけで、流血沙汰もおきていないのは、彼らにとっては遺憾なコトであろうが、それでもケータイのカメラ機能の性能を競う絶好の機会であるのは間違いないだろう。
谷さんと云えば、さっきまでの勇ましい武勇伝も愚痴もどこかへ行ってしまったのか、私服刑事の質問にしどろもどろに答えている。制服警官たちは、スクゥタの停車してあったあたりで何事か相談している。ボクと明日夢は急に手持ち無沙汰になり、店の前に突っ立っているしか能がない。赤色灯に規則正しく照らされるボクらは、どうにも落ち着かない気分だ。
「何か、大事になってない?」
と明日夢が訊ねる。ボクも何となくそう感じていたから、うなずいてみせた。
しばらくすると、私服刑事らしき2人がボクらに近寄ってきた。こんな真夜中に出動するハメになったってのに、どちらもニコニコと笑っているが、明日夢の身長が見上げるほどのものだと認識した時、無意識に口が半開きになっていた。初対面のヒトのこの顔を見るのがおもしろいってのが、明日夢のそばにいて得られる数少ないメリットだ。
「やや、どうもどうも、花興署の捜査一課の蝦名と云います。コチラは鯖江」
それでもめげずに気をとりなおして年長の方、むしろ定年に近いんじゃないかってぐらいの年かさの私服刑事が、手帳を見せつつ挨拶をする。もう一方はまだ30代ぐらいで、コチラもペコリと頭を下げる。エビにサバに……海産物コンビだ。横柄なトコロもなく、むしろ腰が低いぐらいで、ドラマなんかで観るような切れ者ってカンジじゃなくって、むしろ会社員とか公務員って印象……あ、警察官も公務員か。
「大変だったねぇ君たち」実に愛想よく蝦名刑事が「で――店から飛び出してきたオトコの顔、見たって?」
「は、はぁ……」
「本当に?ヘルメットかぶっていたって訊いたよ」
「ちょうど店の前でぶつかって、それで向こうのメットがぬげてしまったんですよ」
云ってから、何かちょっと信じてもらえってないような雰囲気に少し腹がたったので、云わずもがななコトを付け加えてしまった。
「ウソじゃありません」
「いやいや、ウソだなんて思っちゃいないよ。しかし、ヤツもツイてなかったねぇ」心当たりがあるような口調で、蝦名刑事がペンのお尻で頭をかく。「鯖江、坂本さんに来てもらうように手配して」
「わかりました」
「……?」
「あぁ、似顔絵のプロがいるんだ。悪いけど、君たちもう少し付き合ってもらうよ」
「えぇ?」
ボクと明日夢は思わず不満をもらしてしまった。もうとっくに真夜中はすぎてしまっている。どっと疲れてしまっていて、とっとと帰って布団にもぐりこみたい気分だ。谷さんにお願いされて居残ってしまったコトを、ボクはだんだん後悔しはじめていた。
「いや、悪いんだけどね、ヤツの顔見た目撃者は君たちだけだから……」
「蝦名さん!」鯖江刑事が遠くから叫ぶ。「ダメです!坂本さん、例のひき逃げの方に行ったらしいです!もう1、2時間はかかりますよありゃ」
「あちゃ~」と天を仰いだ蝦名だったが、どうにもイマイチ真剣味が感じられない。「どうしてアッチ行っちゃうかなぁ?……お~い鯖江、お前絵は得意だったっけ?」
「ダメっす。まったくダメ」
鯖江刑事は、パトカァからスケッチブックだけ持ってきつつ、大げさに手を振る。
「誰かいないか?さらさらっと描けるヤツ」
「ムチャ云わんでくださいよ」
「このあたり、美術の先生でも住んでないかな?」
「たたき起こして、似顔絵描いてもらうんですか?オレやりませんよ、そんなコト」
……漫才かよ。
「あ~君たち、朝までいてもらうってワケにはいけないよねぇ……」
「イヤです」「いけません」
ボクと明日夢は同時に拒否する。
「まぁそうだよね……でもよく考えてみたらいいかなぁって気にならない?」
「イヤです」「なりません!」
「何もココじゃなくてもね、署まで来てくれれば仮眠室もあるし、そうだ天丼ぐらいおごるよ」
「何で天丼なんですか?普通はカツ丼じゃないんですか?」
ボクは呆れたが、明日夢は律儀にツッこむ。
「いや、いつも出前とる店、天丼の方が美味いんだよ。カツ丼はすすめないねぇ」
「あ~君たちさ、これは重要な捜査の一環なんだよ、あんまりわがまま云わないで、協力してくれないかなぁ」
「あ、オレがもっと穏便に説得しようと思ってたのに、お前、そういう威圧的な態度はよくないだろが、公僕だよオレら」
これじゃらちがあかないと思ったのか、鯖江刑事が口をはさむと、当の蝦名刑事はまたワケのわからないコトを云う。このヒトたち、実はヒマなんじゃないのか?
ボクは鯖江刑事が手にしているスケッチブックを見た。明日夢を見ると、こいつも帰りたいって顔している。あたりを見渡せば、深夜だってのに、だんだんと野次馬が増えている。そして何より、ボク自身が一刻も早くこの場を立ち去りたくってたまらなかった。
ボクは何となくハメられたような、すごく理不尽な気持ちになった。
「貸してください」
鯖江刑事の手からスケッチブックと鉛筆を奪う。真新しいスケッチブックと握った鉛筆の感触に、一瞬後悔に似た感情が走りぬけたが、こんな騒動さっさと終わらせて帰りたいって欲求の方が勝った。
深呼吸をひとつすると、さっきぶつかってきた男の顔を、できるかぎり記憶の中から引っ張り出した。1人の男の顔がはっきりと脳裏に浮かぶ。その特徴も。その記憶をなぞるようにして、ためらいながらも指が動きはじめていた。
* * *
一夜あけ、ボクは眠たい眼をこすりながら講義へと向かう。購買でかろうじて陰湿講師の著書を購入した。枕にするほど厚みはなく、でもムダに厚いからハエもたたけやしない。要するに中途半端な本だってワケだ。こんなモノのためにあんな騒動に巻きこまれたと考えると、とんだムダだと思えてしようがない。
なぜならボクはとうとうお金はおろせなかったワケで、結局明日夢に借りるハメになってしまった。アイツ、弱みをにぎったつもりになって、にたにたと笑うながら「北森バンク、またのご利用をお待ちしておりま~す」なんてほざきやがった。まったくアタマにくるよな。
退屈な講義が終わってようやく解放されると、待ちかまえていたように北森がいた。でもって、このテンションの高さ。寝不足のアタマにはキツイ。不幸中の幸いは、彼女はひとりだったってコトぐらいだ。ムシして歩くボクの横に並ぼうとしながら、延々としゃべりつづける。
「ビックリした!」
明日夢がおおげさに耳元でがなりたてる。あ~うるさい。さっきから何回目だ?
「秀虎君があんなに絵がうまかったなんて、ぜんっぜん知らなかった!すごかったってば。さらさらさらってさぁ……あっと云う間に描いちゃって。でもってすっごくそっくり。あたしだって顔見たけどさ、憶い浮かべるコトはできても、あんな風に特徴とらえて描くコトなんてできないもんなぁ。警察のヒトもビックリしてたよ……秀虎君、ひょっとして同人誌でも描いてたの?」
「描いてねぇよッ!」
ムシするつもりが、思わず怒鳴ってしまった。何でよりによって同人誌なんだよ。
「お、反応した。ムキになって否定するトコロなんて、あやしいなぁ」
「アホか。それより北森、似顔絵のコト誰にも云うんじゃないぞ」
「え……」眼を見開く。「どうして?すっごい特技じゃない?将来似顔絵描きでも食べていけるってばさ」
「……もう誰かにハナシたんだな?」
「……えへへへ、朝会ったからもっちんに」
……持田のヤツかよ。ダメだこりゃ、終わったな。
そんなバカなハナシをしながら、ボクは結局自分のアパァトまでいっしょに帰るハメになってしまった。
「そう云えば昨夜の強盗だけどさ、刑事さんから聞いたんだけど、最近外国人と思われるコンビニ強盗が多発してるって」
「じゃあ昨夜のも?」
なるほど、だから警察、あんなに大勢でやってきたのか。
「ほら、あのおもしろくない芸人みたいな店長も云ってたでしょ?イントネィションがおかしかったって。やっぱりそうなのかな?」
「そうかなぁ……?」
ぶつかってバッグをひったくった時の「返せ!」ってセリフ、そんなに外国人っぽく感じなかったけどなぁ。それにとっさに日本語で出るもんかねぇ?
「多発って何件?」
「昨夜で3件目って」
「ソレ、多発って云うのか?」
「う~ん」明日夢もアタマをひねる。「でもそれまでは顔もわかんなかったんだから、秀虎君が似顔絵描いたの、きっとすごく役にたつと思うよ」
「そのハナシはやめろって」
「あ、あの刑事さん」
「どっちだ」
「オジサンの方」
エビさんね。ボクらは赤サビのういたアパァトの鉄階段を、脚音をたてながら上る。雨ざらしだから、雨の日は覚悟を決めないと上れない、いわくつきの魔の階段だ。
「ケータイの番号教わったから。何かあったらまた訊ねに行くからって」
「警察もケータイでやりとりかい」
「貸して。番号入れといてあげるから」
ボクはケータイを出すと、明日夢に渡す。メンドーなコトは苦手だ。明日夢は自分のも取りだして、何やら操作をはじめた。ところでどこまでついてくるつもりだ?
外廊下の突き当たりの角を曲がって正面がボクの部屋だ。古いくせになぜか構造が複雑なボロアパァトは、この大学の周辺でもめったにお目にかかれない低価格の逸品だ。いやホント、聞いたら耳疑うってさ。
その時、かしゃって音がして、振り返るとボクのケータイに向かって明日夢がポォズをきめていた。
「お前、何すんだよ!」
「アタシを待ち受けにしといて」
「アホかッ!」
「利息分よッ!」
「暴利だ!」
「貸し主の正当な権利よ」
「こ~の~ヤ~ロ~……」
ホンキで奪取にかかろうとした瞬間、不意に廊下の角から人影が飛びだしてきた。あっと思う間もなく、ボクは後ろから首を締めあげられ、壁に押さえつけられていた。あ~前にもあったよな、こんなカンジ、非常にイヤな予感……とか妙に冷静に思ってたら、何と今回はもう一段階上。首筋に冷たい金属の感触。
「――静かにしろ!」延髄の付近でオトコの声がする。「お前コッチ来い!急げ!こないとこのオンナの命、保証はできねぇぞ……このオン……オン……ナ……あれ?」
いぶかし気に、ボクと明日夢とを交互に確認しなおす気配がした……おいおい。
(つづく)
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