【Ⅷ】
この物語も終わりに近づきました。最後に少しだけこの事件が生み出したモノ、ボクたちが直面させられたモノについて語ってみたいと思います。
とどのつまり、君がここまで語りつづけてきた真意は『週刊B』――つまりB社に悪意を抱いているだけじゃないのか?ただの私怨じゃないのか?とかんぐる人もいるかもしれませんが、実のところボクもそうじゃないと云いきれる自信はないです。怒りは消えないのですから。
でもそれはボクの語った物語を読んで、皆さんが判断してください。ボクはもう知りません。たいていの言葉は尽きました。
謝罪文を掲載した号の『週刊B』に、ある記事が載っていました。司法が謝罪文の掲載を命じ、場所まで指定するのは“編集権”を侵し、“報道の自由”を脅かすこの国の司法制度の“後進性”を示すものだという論調です。
……結局、連中は確信犯であり、人が死のうが雑誌のプライドが穢されようが、人殺しはどこまでいっても人殺しなんです。
外見は報道の自由、知る権利などという言葉でキレイに飾りたてられ、社会悪と戦うという使命に燃えるその姿は、美しく逞しい戦士のようです。連中自身も、自分たちのことをそのようにみているのではないでしょうか?しかしボクには、その姿が何もかも貪欲に呑みこんでしまう、醜く、腐臭を放つ、怪物のようにしか見えません。人の死や不幸すらも、かまうことなく呑みこみ、それでも常に空腹に身を焦がし、もっと、もっとと呪詛の声をあげる怪物。エサがなくなったら、自分で“捏造”して呑みこみ、その結果の不幸や死をまた呑みこみ、それによって生まれた怒りや怨みをさらに呑みこみ、永遠に空腹と飢餓の連鎖にさいなまされる怪物。しかも自分が何を腹に入れたのかすら理解できていない。怨嗟の声をあげつづけて、肥大化したエゴと狂気で蠢きつづける怪物。そしてその怪物が排泄する、そう文字通り排泄するモノを、ボクたちはその怪物すらも蒼ざめるような貪欲さで、求めむさぼるのです。
喰いきれないほどのたくさんのモノを、ボクたちは美味しく料理されて、テーブルの上に乗せてくれるのを、よだれを垂らしながら待ち望んでいます。メディアがそうであるように、ボクたちもまた底なしの胃袋を持つ貪欲で醜悪な怪物なのです。
東北地方の“捏造事件”によって、熱狂的にF氏をむさぼった人々の眼に見えない狂気が『週刊B』に次の贄を求めたのです。その“力”の前には『週刊B』もまた、むさぼり喰らうだけでなく、人々に次々と贄を祭壇に捧げつづけなければならない哀れな使徒にすぎないのではないでしょうか。
そしてそれと反比例しながら、実はまったく同じ嗜好と残虐性を持つ善良な力である“無関心”。人々はまったく正しく善良なまま、この“無関心”によって人を裁き、断罪します。そしてそれを容易に忘却します。“罪”は“無関心”によって護られ、常にこの世界に安住するのです。これが変革のしようのない不条理であれば、この世界は何て平穏な狂気に満ちているのでしょう。
K先生は『週刊B』によって殺されました。K先生を殺した“力”は『週刊B』のペンの暴力だけではありません。もちろん直接の原因は、連中にあります。しかし彼らに新しい贄を求めた“力”、それを容認した“無関心”、それらいろいろなモノが何もかも押し流してしまう大きな流れとなって、あふれ出した場所が『週刊B』であっただけなのかもしれません。
おそろしく寛容に考えて『週刊B』もまたその大きな流れに呑まれ、もがきつつ溺れつつかろうじて泳ぎ渡っているだけの弱々しい、小怪にすぎないのかもしれません。
不可視の、この世を支配する途方もない巨大な摂理の流れは、それが巨大であるが故に眼に見えることはありません。ですがこのような物語の時、ボクたちはほんのわずかな瞬間それを垣間見ることができるのです。そしてわずかに姿を見せた後、人の死などまるで介することなく、その巨大が摂理は、静かにゆるやかにまたボクたちのわからない深い深い場所へと帰っていくのです。水面をわずかに漣うたせた風がやめば、また元の静かな湖面に戻るように……
この事件は表層的にみて、H遺跡の評価が変わったこと、物理的にみて、地球が少しだけK先生の体重分軽くなったこと、ただその程度なのかもしれません。
ボクたちはK先生を永遠に失いました。しかし世界はいつもと変わらず、K先生が存在した時と同じで、当たり前のように日常を奏でます。
ひととおり語り終えて、ようやく今、K先生の死はボクの中で納まるべきところに納まった気がします。いつかこのような形での整理が、必要だったのかもしれません。もちろん怒りも残っています。悔いも残っています。しかしそれも含めて、すべてがあるべきところで、眠りについたようです。
結局ボクがこの場でこの物語をつづったことは、陳腐なたとえですが喪失の確認と、事象からの解離、そしてそれにつづく再生のための儀式にすぎなかったのかもしれません……
それでも……何より読んでくださった何人かの人たちに感謝しつつ、ボクはこの物語の幕を閉じたいと思います。
-了-
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