「don’t begin at the beginning」
「東京地検特捜部でぇ~すッ!」
大声で叫びながら、同期の北森明日夢が、ボクのボロアパァトの部屋に乱入してきた。メイド服着てた。
夜9時。ボクは早く終わったバイトから帰ってきたばかり。居間兼書斎兼寝室兼食堂で、カップラァメンのお湯をそそぐ1歩前まで、ヤカンをかたむけていたところだった。腰に手をあてて、もう片っぽの手は、人差し指がまっすぐ天井(無論、そこには何もない。あったらコワイ)を指さしている明日夢を見て、今度から部屋にいる時も、カギをかけておこうと、ぼんやり思った。
ちなみに、彼女はもちろん東京地方検察局とは関係ない。教育学部だし。
「何やってんだ?おおー!ラァメンか?いかんのぅ、最近の若いもんはジャンクフゥドばかり食べて」
ふふふんと、上からボクを見下ろす。これはボクが座ってるのもあるけど、だいたいコイツ、デカイんだ。女のくせに、身長が182cmもあるなよ。ボクだって、169.8cmしかないってのに。ちっくしょおおお……いや、別に悔しいってわけじゃないぞ、悔しいわけないだろ。それより、こんなデカイ女に入るメイド服なんてよくあったなぁって、思っただけだよ。いや、ホント。男モノじゃないのか?
黒いクラシックなカンジのドレスは、先端にフリルのついた、ちょっと珍しい膝丈で、下のペチコォトがスカァトを立体的にふくらませている。玄関幅いっぱいだ。ついたての代わりにはなるな。肩はふんわりふくらみ、半そでの袖口は、二の腕のとこできゅっとしまっている。やたらフリルの多いエプロンは、眼に鮮やかな純白。襟のリボンは赤だ。スカァトからのびる長い足には、やはり黒い、オォバァニィソックスにつつまれている。自慢の黒髪には、ご丁寧にカチュゥシャまで乗っかってる。メイド――というか、メイドさんだ。コイツがスカァトはいてる姿、初めて見た。いや、だいたい、何でそんな格好してやがんだ?
「何しにきた、何だその格好は?」
「萌える?萌えるでしょ!?」
「……何しにきたんだ?」
「いやーユイやふみやもっちんと賭けして、負けちゃってさー!罰ゲェムだよ、罰ゲェム。メイドさんのかっこして、秀虎君ち行くって」
「……罰ゲェム?」
「そ!」
上気して、にこにこ笑う明日夢の上体が、ゆぅらりゆらりと揺れる。
「呑んでんだろ、お前」
「そ!呑んで麻雀したら、もうへろへろでさ。東1局でいきなりヤマ崩して、マンガン払いしちゃって。もっちん、リーのみが、裏乗ってハネちゃうんだよ!だれだよカンしたバカは。くそーオーラスのドラドラのチートイさえあがってりゃなー」
「お前、対子や刻子好きだからなぁ。で、オレんちくるのが罰ゲェム?」
「そ!」
呑んで、栓のぬけてしまったコイツに、何云っても無理だ。コイツがこんなになるなんて、ビィルの2本や3本じゃない。あいつら今度あったら、絶対、恨みがましい眼で見てやる。
「その格好で来たのか?」
「そ!」
……よく通報されなかったね。
「何で、メイドの格好なんだよ」
「秀虎君さ、こないだ、云ってたよね。何で田舎にはメイドカヘがないんだーッ!って。だから。メイドさん、好きでしょう?」
「あれは呑んだ時のハナシだろうが。達川にハナシ合わせただけだって。ホンキにすんな。だいたいその衣装どうした?コス研で借りてきたんか?」
「……まあ、遠慮すんな。きっちり罰ゲェムキメて、ケジメつけちゃるけんのぅ」
そう云いながら、明日夢は足元のビニル袋を持ちあげると、がさがさ振ってみた。答えろよ、おい。
「こんなこと云うのは、大変心苦しいのだが、とっととお帰り願えませんか」
「メイドさんってったら、ご奉仕でしょう!お帰りなさいませ、ご主人様ー」
「オレは帰ってました。それが、今回唯一のメイドテイストってカンジだな」
「お兄さん、運がいいね。超絶美少女メイドが、あなただけのために!ごほおおおすぅぃぃぃ!!」
「超絶美少女メイドって誰だ!」
明日夢は自分の顔を指さして、その場でくるりと回ってみせた。黒のスカァトが、ふわりと弧を描き、膝上まである黒のソックスのさらに上の白い腿が、一瞬だけ眼に焼きついた。
どこにツッこもうかと考えてるうちに、明日夢は靴をぬぎ、ビニル袋を手に、勝手に台所へと入りこんだ。どたんばたん、がさごそと、あちこちを引っかきまわす音。
「後でお掃除するから、隠すものがあったら、今のうちよーご主人様」
余計なお世話だ。心配になって台所に入ると、明日夢は大量の食材を、袋から出していた。
「何やってんだ?」
「貧しい食生活に苦しむ君に、優しいお姉さんが、おいしいごはんを作ってやろう」
そう云うと「たったかたかたか たったったー たったかたかたか とってったー」と3分クッキングのテェマを口ずさみながら、ニンジンをがしがし洗いだした。
「今日は、さっとかんたんに作れて、夏にふさわしく、女っ気のないサビシイ、サビシイ秀虎君が泣いて喜ぶ家庭料理に挑戦でーすッ」
「いちいち引っかかるヤツだな」
明日夢はニンジンをイチョウに、ゴボウをささがきに、しはじめた。
「ソイヤ! ソイヤ! ソイヤ ソイヤ ソイヤ ソイヤ!」口ずさむのは、今度は一世風靡セピアだ。どこの世界に、一世風靡で音頭とりながら料理するメイドさんがいる。違う、絶対これは違う!
だいたい、このシチュエェションだと、彼女に頼みこんでメイドさんの格好してもらって、ごはん作ってもらってる、かなりヤバイ、ちょっとアレなオトコか(破局近し!)、メイドコスプレ専門のデリヘルで「お仕事中のメイドさんを後ろから……あ、ご主人様、やめてください!コゥス(仮)」みたいじゃないか!いや、コイツをそんな眼で見てるってわけじゃなくって……
「まず最初は炊きこみごはん。ゴボウとニンジン。ヒラダケを手でちぎって入れて、鶏肉はこま切れ。味つけは味醂と醤油。量は適当。今日はちょっと簡単に、ソーメンつゆで味を整えて、炊飯器に。水加減は変わらず」
「玉ねぎと豚肉を炒めるんで、豚肉は醤油とゴマ油とすりおろしたショウガにつけこんどきます……」
「オクラを買ってきましたから、口に触らないように、塩でもんで産毛をとって、叩いて、納豆と梅干も叩いて……」また一世風靡。「……よく練ります。最後に削り節をまぜて、三ねりのできあがりー」
「グルメジャンルみたいになってきたな……」
「味噌汁はイリコでダシをとって……オクラは、刻んで直接お椀の中にいれますので、食べる直前に。以上、終了ー!」
「次は、お楽しみターイム!お洗濯アンドお掃除ー!おおー意外とキレイじゃないの」
「いらん、結構!」
「何、遠慮してんだい。あ、見つかったらヤバイもん隠してんだろ?ビニ本とか?」
「いつの時代のネタだ!」
「ネタだなんていやらしい。それともDVDとかAVとかエロゲーとか同人誌とか南極18号とか?健全な男の子なら、興味ないわけないでしょ。潔くココにお出し、ボーヤ」
「あ、こら、触るな!あっちこっち引っかきまわすな。やめろバカ!このデカ女!」
「うるさい。大っきいってだけで、無理矢理バスケさせられたアタシの気持ちが、お前にわかるか!」
「それでインタァハイ、行ったんだろ!?よかったじゃねえか」
「その代わり、腰痛めて、結局一浪したんだよ。とにかく罰ゲェムなんだから、しかたないだろ!」
そう云うと、シャツやらパンツやらを、わしわしとかき集めはじめた。
「おー!がびがびパンツだあ」
「うそつけ!返せバカ!」
「あせるなー心当たりがあるんだなー」
「のしかかるな!触るな!くすぐるな!」
……これのどこがメイドさんだ?つーか、何でボクがこんな眼にあわなけりゃならないんだ?
抵抗むなしく、というかあんまりアホらしくって…… ま、向こうのほうが、す・こ・し・だ・け・背が高いってのもあるけど、あんな格好して暴れまわる明日夢と取っ組み合うのは、その……何というか……あまりムチャなことはしかねるというか…… とにかく、ボクが笑ってすませればいいのであって……
洗濯機を、ぐおんぐおんと回す音が聞こえてきた。
掃除――と云いながら、あっちの本をこっちにやって、こっちの本をあっちに積んでと、スカァトひるがえしてばたばたしてるうちに、今度は「ごはんが炊けたー」と叫んで、再び台所へ飛んでいった。どうやら、片付けは料理ほど手際はよくないらしい。幸い、天袋までは開けて見なかった。開けようとしたら、何としても死守せねばならない。
読みかけの本を読むふりをしていると(ラァメンは、とっくにどっかに行っちまった)、台所からまた一世風靡と、包丁の音が聞こえてきた。しっかし「ソイヤ!」と口ずさまないと、包丁使えんのかね?危ないヤツ。時たま「味噌ー!」とか「炎を制すー!」とかの声が聞こえてくる。
時計はもうとっくに10時を回ってる。気がつくと、何やらいい匂いがしはじめた。よく行く定食屋以外では、ひさしぶりに嗅ぐ、味噌汁の匂いだ。ばたばたと明日夢がもどってきた。両手にごはん茶碗と味噌汁椀を持っている。「お盆ぐらいないの?」と叫びながら、またもどる。元気だねぇ。結局3往復して、テェブル(冬はコタツ)の上に、炊き込みごはんとオクラを刻んだ味噌汁、豚と玉ねぎのショウガ焼きもどきと、オクラと納豆と梅干の三ねりの小皿、冷えたウゥロン茶のボトルとコップを並べた。力技で作る料理が多いように見えるのは、気のせいかな。
「どーだ、見たか!超絶銀河系美少女メイドの実力!」
肩書き増えてる、増えてる。
「メイドと関係ないんじゃ……」
「そんなことはない!これがご奉仕の心ッ!」
「のどが渇いてるから、ウゥロン茶がうまそうだ……」
ごいんと、明日夢のロゥキックが側頭部を襲う。そんな格好してんだからやめろ。酔ってても、やたら正確だ。
「さあ、喰いねぇ、喰いねぇ、熱いうちに」
暴力メイドはせまる。空腹はとっくにとおりすぎて、胃が痛いくらいだ。ボクの方が罰ゲェム受けてるような気になるのは、何でだろう。
何か釈然としないものもあったが、明日夢を見ないように、横を向いて急いで食べる……
おい!そんな見てると、喰いにくいじゃないか……
おいしいって云ったら、なんか負けた気になりそうだから、云わない。
「よーし、秀虎君も食べたことだし、帰りまーす!」明日夢がぐわっと立ちあがった。「罰ゲェム、ちゃんとクリアしたでしょ?皆に会ったら、証言しといてね」
「だから、何でオレんちにくるのが罰ゲェムなんだよ」
「君って、そんなキャラだよね」
「聞けよ、ヒトの云うこと」
「ごはんと味噌汁は、明日の朝の分まで作っといたから、ちゃんと冷蔵庫に入れるんよ」玄関で靴をはきながら「お米はあるみたいだけど、味噌汁ぐらい自分で作って食べなさい。イリコと味噌、置いとくから。それから納豆と梅干も」
「お前のどこがメイドだッ!」つーか、口うるさい母親だ。
「あ、そーだ」明日夢はスカァトの前の端を、両手でちょっとつまんで「この服、アタシが買ってたんだよ。いいだろー」
にいっと笑うと「おっさっらっばー」と、出ていった。
……あいつ、あの格好のまま帰るんかね?
ボクは冷蔵庫からビィルを取りだした。隅っこに、のこりの納豆がちょこんとおさまってる。タブを開けながら、元の居間兼書斎兼寝室兼食堂にもどると、いつもの場所に座りこみ、冷えたビィルを喉に流しこんだ。部屋の中が急に静かになったが、明日夢が大騒ぎしたままの、しっちゃかめっちゃかな空気が、まだのこっているような気がした。その空気までいっしょに流しこむ。見えない台風が過ぎ去ったような部屋の中で、ボクは閉じたドアをにらみながら、あ、あいつ、洗濯物そのままにして帰りやがったなと、ふと考えた。
一食分ういたのはありがたいが、後が怖いなぁ……今度、ジュゥスでもおごっておこうか。
でも……何でわざわざ、罰ゲェムのためにメイド服買ったんだ?
そうだ、明日夢と麻雀したヤツラに、ホントにそんな罰ゲェムがあったのかどうか、訊いてみなくっちゃ……
(了)
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